知り合いのデザイナーに聞いた話です。かなり昔の話だそうです。
 車を買って、好意を寄せていた女性を誘って夜のドライブに行った。 
 彼女が海を見たいというので、近くにあった羽田付近の海まで行き、 
 砂浜に並んで座って、車のライトで明かりをとって海を見ていたそうです。 
 しばらくすると、沖で何かがうごめいているのに気付いた。 
 目を凝らすと、明るいグレーの背広を着たサラリーマンがこっちに向かって歩いてくる。 
 遠浅の海岸なので、そんなこともあるか、と彼女がいる手前、無理やり納得したけど、 
 彼女が変だ、と言い出した。 
 だんだんこっちに向かって歩いてきて、その全身がくっきり見えるのに、 
 足元がいつまでたっても、海から出てこない、と言った。 
 彼らに10メートルくらいの距離まで近づいてきているのだが、 
 確かに海水は太股半ばあたり。 
 遠浅だから、その距離だとふくらはぎくらいの深さのはずだそうだ。 
 それに、海岸は広いのに、サラリーマンは明らかに彼らに向かって歩いてくる。 
 表情はうつろで、カバンも持っていない。 
 彼らはあわてて立ち上がると、全速力で車に乗り込み逃げたそうです。 
 車を切り返すとき、デザイナーがちらっと海岸を見ると、 
 そのサラリーマンは海へ戻っていくところだったそうです。