小さな村がありました。
ある日村の人たちが岬の下のさんご礁の海で漁をしていると、
今まで見たこともない不思議な魚が網に掛かりました。
体の長さは二メートル近くあり、
上半身は人間そっくりで下半身には魚のひれがありました。
村人たちは大きな獲物を村へ運び、
物知りの老人に訊ねました。
すると老人は、
「これはザンの魚(人魚)じゃ。ザンの魚の肉は、
偉い王さまの不老長寿の薬だというぞ。」
と、目を輝かせて言うのでした。
そして、皆でさっそく料理の仕度に取り掛かりました。
するとどこかから声が聞こえてくるではありませんか。
「たくさんの人が、死ぬ。たくさんの人が死にます・・・。」
その声は、遥か高みから聞こえる仙人の声のようでもありました。
仕度に取り掛かろうとする度に声が聞こえてくるので、村人はだんだんと怖くなってきました。
すると、いつのまにか、向こうの木の下に男の子が立っていて、
「ザンの魚がなにかいっておる。」と言いました。
人魚は目を閉じたまま、涙を流し続けていましたが、苦しそうに喘ぎながら口を動かし始めました。
「おねがい、です。おねがい、です・・・。私の赤ちゃんがお乳を欲しがって泣いています。
どうか私を海に帰してください・・・。」
「もし放してくださったら、恐ろしい海の秘密を皆さんにお話します・・・。」
村人は既に不安でいっぱいになっていたので、すぐに人魚を海へ運び放してやりました。
すると人魚は、
「明日の朝、恐ろしいナン(津波)が村を襲います。みんな山へお逃げなさい・・・。」
と静かに言い、海の中へと帰っていきました。
人魚の話を聞いた村人たちは、あわてふためいていました。
皆すぐに身のまわりのものを持って山へ避難すると、二人の若者を隣の白保村へと走らせました。
しかし、白保村の役人はその話を信じるどころか、
人魚を放してしまったことについて激しく怒っていました。
次の日の朝、村人たちが非難した山の上で朝食の仕度をしていると、
急に馬や牛、ニワトリたちが騒ぎ始めました。
海を見ると、潮が見たこともないくらい引いているではありませんか。
遥かな水平線まで引いた海の水は、膨れるようにもり上がると、巨大な水の壁となって空を遮り、
ものすごい勢いで襲いかかってきたのです。
押し寄せた波は、一瞬のうちに村の家々や畑を飲み込みました。
津波の直撃をうけた隣の白保村では、山へ働きに出ていた者たちだけがわずかに生き残りました。
野原村の人たちに助けられた人魚は、それからも野原村の沖の海にときどき現れるようになりました。
かわいらしい子どもの人魚を胸にだきながら、
美しい声で、いつまでも子守唄を歌っていたということです。
これが、明和の大津波にまつわる石垣島の昔話だと言われています。